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春風に思う

春風に思う

駐車場の先の白梅が咲きました。

「如座春風」
先日、朝日新聞の「天声人語」で春風に座すという言葉を知りました。
春風の中にいるような教育者や教育の場に巡り会えた。そんな教師に出会えた人は幸せです。との意味でした。
私も妻も幸せ者です。

昔、私の先生に最初に頂いた本も春風〇〇という本でした。
「ひとは、さまざまにカントを読むやうに
聖書も法華経も古事記も易経もマルクスもサルトルもまた、
さまざまに読ませるのでありませう」で始まる。

その本の扉にはこんな話が載っていました。

「或るところに猿ずきの人が居て、沢山の猿を飼い、よく愛するので心が通い、言葉もわかるやうになりました。
ところが財政が、すこし困る事情が起こりましたので、飼料たる毎日一升づゝの栗を少し制限する必要に迫られ、
ある日猿どもへ相談を持ちかけました。
『これから栗を午前中に三合、午後に四合といふことにしたいがどうだ』
猿どもは大不満でぶつぶついひました。それで、
『それでは、これからは栗を午前中に四合、午後に三合といふことにしてはどうだ』
こんどは猿どもは、ほくほく悦んで感謝しました。
つまらない話と思われますか。
ちかごろの、いろいろな思想について何か『にんまり』と微笑せられるような節ではありませんか。
智育の発達した今日の人間さまは、猿ではないぞと考えられますか」

――― 衝撃的だった。
あれから四半世紀、まだ私は猿のままだ。


妻の先生、と言ってもそれほど密ではなかった、サルトル研究のk先生が一昨年の暮れ亡くなりました。
二十数年前、突然k先生から妻の仕事場に連絡が入り、「原稿料が入ったから」と
新宿で友人と二人、寿司屋で夕食をごちそうになったのだそうです。
その後、住まいが何度か変わり、連絡もとれず、妻は食事のお礼もきちんと言えないまま時間が過ぎました。

一昨年、ある病院に知人のお見舞いに行った折、妻は偶然、廊下でk先生とすれ違ったのだそうです。

妻は何度かお見舞いに行きました。娘も連れてお邪魔したこともありました。
よく妻は「もともと『ムンクの叫び』みたいに細い先生なのよ」と、冗談交じりに言っていたが
k先生の細い体は、なお痩せ細っていました。

そんな状況でも、お会いするたびに笑顔で、 妻の旧姓を呼び、娘の名前を間違え、
飲むヨーグルトを両手で挟んで美味しそうにゆっくり飲んでいたそうです。
「早く元気になってクルミコーヒーに行きたいな。クルミコーヒー儲かっている?大丈夫?」と、
何度も心配してくれていました。

十二月に京都で学会があるので、そのための歩行練習と称し、夜中に一人でベッドの回りを伝って歩いていたとのこと。
泣き言ひとつ言わず、周りの人に最期まで気を使う、けれんみのない先生でした。

先生が亡くなった後、開店以来の常連・Sさんが、先生を偲んで話してくれました。
これも偶然なのですが、Sさんはk先生の担当看護助手だったのです。
病室で会って、お互い驚いたのを覚えています。

「ご自分の体のほうが、よほど、痛かったでしょうに。小柄な私でも軽々と持ち上げられるくらいに、体が小さくなってしまわれて。
入浴介助の時に、『重くない? 手、疲れちゃうんじゃない? 』って、私を気遣っていつも言ってくれていたんです」

「最後まで、大学の先生って分からなかったけど、今では自分の先生みたい。お世話させていただきながら、大切なことをたくさん教わりました」

人はさまざまにカントを読む。
働きながらも、ベットの上でも、食事をしながらも、庭で草をむしりながらも。
人間らしくいきたいものです。

「春風や 堤長うして 家遠し」 蕪村



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