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コロナ期動物話7 「マル」

「マル」

蒸し暑い夏の夜のことでした。
いつものように会社帰りにコンビニで、
娘のためにネコのおまけのついたチョコエッグを買い
家の近くの駅の踏切まできました。

月は青白く駅前の商店街に、ひと気はありません。
以前は二十軒以上並んでいた、この町唯一の商店街は、
もうその頃から閑散として、抜けた歯のように点々と
残っている靴屋、呉服屋、自転車屋、魚屋も酒屋も、
少年時代の郷愁しか感じられないものになっていました。

駅を利用して通学する、自転車置き場の店のシャッターの
一部だけが開いていて、そこから灯りが漏れています。
店の中では、エプロンをかけたおばさんが欠伸を手でおさえ
時計を気にしながら、閉店の準備をしています。

踏切で一時停止しながら左に目をやると、
線路沿いの路側帯わきの芝生にマルが立っています。
月に照らされ黒い毛が魚の鱗のように光って見えます。
赤い首輪は着けていません。
きっと首輪がはずれ逃げ出してきたのでしょう。

マルは我が家の黒犬、胸に白い星模様のある雑種の中型犬です。
姉犬、秋田犬カールの脚の間に入って歩くこともある
ちょっととぼけた、でも大人しく、あまり器量良しではないメス犬です。

私は道の端に車を止め
「マル、何やってるの、ほら、おいで」
と、刺激しないように、膝を折って優しく呼びます。
マルは首をうなだれ、申し訳なさそうに近づいてきました。

首をつかみ、助手席の足を置くところに乗せました。
「まったく、ふらふら歩いちゃだめだよ〜車にひかれちゃうよ。
おまえは黒くて目立たないんだから〜」
マルはだまって助手席にアゴをのせていました。

赤信号で止まり右に見える新聞店は暗く沈み、左折すると
金物屋の看板の電気が点いています。
消し忘れたのだろうか。

マルは顎を座席に乗せたまま、私の方を見ています。
「首輪、取れちゃったんだ〜」と私。
すぐに家です。

家に着き、暗がりの中マルの首を押さえ犬小屋まで連れて行くと
小屋の中にマルがいます。赤い首輪をつけ、赤い舌をヘロヘロさせています。

「おまえはだれだあ?」と私が首を押さえている犬を見ると
「えへへ!」みたいな顔で私を見上げます。

急いで元の場所、踏切沿いの路側帯の芝生まで返してきました。

この黒犬が悪いかのように聞こえるかもしれませんが、
失敗したのは私の方で
向こうもきっと「おまえはだれだあ?」思っていたに違いありません。

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