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100万分の1回のねこ


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佐野洋子さんが亡くなって
江國香織や谷川俊太郎が100万分の1回というものがたりを書いています。

うちにも100万分の4回ぐらいトラネコがいました。

小学校に上がる前にいた「トラ」
学生時代にいた「トラコ」
社会人になってから「マリオ」と、2年前に死んだ「ハチ」です。


〔100万分の1.マリオ〕

その時、あなたは女の子でした。

トラコの娘で
新婚の私たちと一緒に東京で暮らしていました。
大家さんには内緒で。

子供がいない私たちは「ネコムスメ」→「ネコムス」と呼んでいました。

手のひらに乗るくらいの大きさのころから
妻がスポイトでミルクをあげて大きくしました。

ネコムスなので、
いつも一緒で旅行もしたし、お風呂も一緒に入りました。

寝るときはいつも妻の胸の上で、たまにさかさまになって。

おならをひっかけられることもありました。

ギターを弾くと一番前のお客様で、エレクトーンもよく聞いていました。

ゴマせんべいが好きで、
かくれんぼもするし、近くのコンビニには、塀づたいに歩いてついてきました。

夏のころ、彼氏ができて、よく迎えにきていました。
テラスの下で「ニャン」と呼ぶと、サッシを少し開けてあげ、数時間遊んで、
ちゃんと彼氏が送ってきていました。
サッシを閉めても彼氏はしばらく、立てかけたスダレの影でジィと見送っていました。

夏の終わりに子猫が産まれました。

ダンボール箱に入れて、夜中妻がお腹をさすっていました。
居眠りをして手が止まると箱から出てきて、さするようにと手をがじっていました。
産まれた子猫は1匹を残して、貰われていきました。
残った子猫は白猫で「タマゴ」と名前をつけました。

マリオは他の子がいなくなってしまったので、タマゴを溺愛していました。
二階の押入れの隅に連れていって、毛が抜けるまで舐めていました。

少し大きくなっても無理矢理に咥えるものですから、
階段を昇るたびゴツゴツとぶつける音を立てていました。

ある日二階の押入れの様子を見に行くと、タマゴは動かなくなっていました。
マリオは何日も呼び続けました。そして外に出たきり、帰ってこなくなってしまいました。

その後、妻は何日も何ヶ月も泣き続けました。

それから、七年たって娘が産まれました。
白くてポヤポヤした女の子です。
ゴマせんべいが好きで、
たまに「マリオ」と呼ぶと「ニャン」と返事をします。


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