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猫豆とブチ猫

鯖ゴロー
上の写真は外猫、鯖虎の サバゴローです。
ブチの子猫の写真はまだありません。

毎日 猫にキャットフードをあげている。
下部尿路が気になる猫ちゃんにってやつを
コメリで買ってきている。
猫のご飯はおばあちゃんの管轄なので
私は在庫管理はしていない。

すると、朝 突然おばあちゃんが
「ネコ豆、買って来て、コメリでいつもの」と叫ぶ。
いつも思うのだが、ネコ豆はちょっと品がないんじゃないの😔
カリカリとかポリポリとか、ちょっと考えてよ。
と思いながら、買ってくる。

そのネコ豆を買ってくるとネコたちがズンズンやってくる。
(と、言っても二匹だけだけど)
オレのネコ豆だぞーと言わんばかりに当然のように。
「はよ〜よこせや、ニャー、ニャー」と
私は別に自分で食べようと思っているわけではないので
あげるんですが、なんかもうちょっと
「いつもすみませんね〜」みたいな感じは漂わせられないものかと
感じてしまうのだ。
足元に擦り寄ってきて「いつもお仕事ごくろうさまで〜す」
「エ、また買ってきていただけたんですか」
「ホント、ウレシイで〜す」
そうすれば、「よしよし、ウイやつじゃ」
になるんだけどね。
いきなり「クレクレ、よこせ」は、ね〜。

先日、こんなことがあった。
慣れない家ネコの「モフ」の後ろから聞きなれない声がする。
モフより高い細い声で「ミー、キュー」みたいな声がする。
よく見ると、白黒ブチの子猫がモフの後ろに隠れて鳴いている。
「よーし、よし、おいで、おいで〜」するが来ない。
も一度、「かわいいね〜、おいで〜」と猫なで声で呼ぶが来ない。
「まあ、来ないよな、普通」と思った。
しかたがないので、陰にかくれて二匹の猫がご飯を食べているのを見ていると
自称、動物の言葉を解するというツマが、後ろから覗きにきた。
「ねえ、ねえ どうしたの(^o^)コネコ、コネコ」と上機嫌だ。
「うるさいなぁ、ネコがいっちゃうだろ、シーだよ」
しばらく至福の時間を味わっていると
ネコ豆をキレイに食べ終えた子猫は
こっちを向いて「にゃ」と鳴いて走り去って行った。
ツマは「今、アリガトって言ったよね、ぜったいアリガトだよね」
「ちがうと思うよ、これだけかよ〜じゃないの」と私。

振り返ると「ニャロ子」が見ていた。
もう何十年、生きているんだろう。家の周りをウロウロしている
そして、毎年子猫を産んではあずけて行く、
外猫だが、このごろは、平気で家の中を歩いている。
先日などは古新聞をためておく紙袋の中で寝ていた。
最近は「ニャロ子」改め、「ご先祖さま」と呼んでいる。

猫がいっぱい棲みついて、動物の言葉を解するツマがいる
この家はこの先どうなってしまうのだろう😳



躑躅じゃなくて皐月です

躑躅じゃなくて皐月です
私にはそう思えたんです。
季節外れなのだろうか?くるみコーヒーのある丘の上にはツツジの花が満開に咲いている。
赤に混じってオレンジ色もポツポツ、ピンクもチラホラ。
薔薇の時期と被ってあたりは百花繚乱の体を成している。

先日妻が柳田國男の「山の人生」を見ていた。
覗いて見ると柳田の深く鋭い感性に「グサリ」と刺された。
話は美濃の炭焼き小屋で妻に先立たれ、二人の子供を育てる五十代の男の話。
実際にあった話だ。
生活に困窮して今日も町へ下りたが、一銭の金にもならなかった。
飢えきった子供たちの顔を見るのが辛くて、小屋の奥に入って横になり寝てしまった。
いつの間にか日が傾き、戸口いっぱいに夕日が射し込んでいた。
不図、見ると二人の子供が日当たりのところにしゃがんで斧の刃を研いでいる。
そして「おとう、これでわたしたちを殺してくれ」と言うと
入口の材木を枕に仰向けになった。
男は前後の考えもなくなり、並んで乗せられた子供らの首を刎ねてしまった。

逢魔が刻のなせる術かもしれない。

それで思い出した。
数ヶ月前の山が萌える頃に訪ねて来られた東北出身の男の人の話。
「ここらは、いろんな色があっていいですね。
私の生まれた地域ではこんなに色がないんです。
ツツジは一色オレンジ色なんです。
小さい頃は遊びなんてなくてね。
そのオレンジ色のツツジの中で狐を追いかけるのが遊びだったんです。
狐は利口でね、ある程度の距離をおいて逃げ回るんです。
どちらが遊ばれているんだか分かりません。
好きな娘がいてね。その娘らと一緒に夕暮れまでずっと狐を追い回して帰るだけ。
そんな時代でした。
今は、その住んでいたところはダムになちゃったんですけどね」

情景が目に浮かんだ。美し過ぎて怖かった。

…初恋も 躑躅も狐も 水の底… 。

見ている

見ている


一年前には犬が一匹と猫が三匹いた。
今は、おばあさん猫と不良の若手男子猫の二匹になってしまった。
可愛い二匹がなくなって落胆の日々が続いていた。
フト見ると遺された二匹の猫がこちらを見ている。
台所にいると隣の部屋から覗いている。
テレビを見ているとパソコンの椅子の下からこちらを覗いている。
どちらの猫も、なつかないのであまり可愛いがられない猫だ。
てきとうにゴハンをあげて、トイレをかたずけるだけなのだ。
その猫たちが、家を出る時は玄関に続く隣の部屋から硝子戸越しに見ている。
二階に上がる階段の途中から見ている。
なんか、きゅうに胸が痛くなった。
そんなことにも気付かなかった。
忙しく出て行く目の前で、声もかけられず、バチンとドアを閉められた猫たちの落胆は考えなかったのだ。
「自分だけが寂しいと思ってる」と妻に言われた。
哀しいのはお前たちも同じなのか。
帰ったら頭を撫でてあげよう。
「スズもモフもいい子、いい子」

大和心になれなくて

桜酔い2

桜の季節は朧げで森に夢見る、そんな気分になるものです。

この森には、幾つの月が落ち眠っているのだろう。
真綿のような満月が落ちてきた朝
森のはずれで小さな薄桃色の花が咲きました。
青い鳥が振り返り、風は聞き耳を立てています。
きっと、この地上はあり得ない場所なのでしょう。

少し時が経ち農夫がその小さな花を見つけました。
慈しみ、抱き寄せ、頬寄せ、涙がこぼれました。
しばらくすると
空の奥の方で
幸せが音を立てて動き始めました。


真心とは産巣日(むすび)の神の神霊(みたま)によって備え持って生まれたままの心
とは、本居宣長の古事記伝の話です。
真心には智もあり愚もあり善事にもあり、生まれついて持っている心を真心と云うのだそうです。
良いことであれ悪いことであれ「コト」に触れて素直に動く心の状態を云うのだそうです。
それが夢であれです。
これが上代の心、大和心のようです。

壁を隔てた隣のステージでバンデウーラのカテリーナさんのコンサートがありました。
一青窈のハナミズキが聞こえてきます。
「薄紅色の可愛い君のね」「果てない夢がちゃんと」「終わりますように」
「君と好きな人が」「百年続きますように」
洩れ聞こえる声と音色に山並みが滲んで見えました。

そして農夫は娘の門出に何も言えませんでした。
真心だけが滲んでいます。

ライク ア ローリングストーン

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店内から見える景色もベージュ色。空の青とのコントラストも味があります。

年末は30日まで営業します。年明けは1月4日からの営業になります。
年末年始のコーヒー豆はくるみコーヒーで😄

ボブ・ディランはノーベル文学賞の授賞式を先約があるので、と言って出席しませんでした。
ディランのメッセージを代読したアメリカ大使の言葉の中にもヘミングウェイの名前は出てきましたが、
ヘミングウェイもノーベル文学賞の授賞式には出席しなかったと聞きました。
「最高の作品は一つの孤独な生である。作家は語ることを書くべきであって口にすべきでない」と
ヘミングウェイのメッセージを代読したのも、その当時のアメリカ大使だったそうです。
ディランのメッセージの内容も同じようなものでした。
「自分の歌が文学だろうなんて考えたこともありませんでした。
有名になってからも私の野望は大したことはなく、
自分の歌がラジオで流れるのが自分にとって大きな夢でした。
ただ私の行動のすべての中心にあったのが常に歌だっただけです」
二人ともなんてカッコいいんだろう。
そんなヘミングウェイも最後は猟銃で自殺しました。
晩年は小説が書けずに酒に溺れたそうです。書けないので飲んで飲むと書けないの繰り返しだったそうです。
サン・テグジュペリの「星の王子様」の呑み助を思い出してなりません。

次の星には呑み助がいました。

呑み助は空のビンと酒のいっぱい はいったビンをズラリとならべて だまりこくっています。
王子さまはそれを見ていいました。
「きみは そこで なにをしているの?」
「酒をのんでいるよ」と呑み助は いまにも なきだしそうな 顔をしてこたえました。
「なぜ 酒なんかのむの」と王子さまはたずねました。
「忘れたいからさ」と呑み助はこたえました。
「忘れるって なにをさ?」と王子さまは気のどくになりだしてききました。
「はずかしいのを忘れるんだよ」と呑み助は ふし目になって うちあけました。
「はずかしいってなにが?」と王子さまは あいての気を ひきたてるつもりになってききました。
「酒をのむのが はずかしいんだよ」というなり呑み助は だまりこっくってしまいました。

なんてこった!悪循環のサイクルから抜け出せない自分を見ているようだ。
健全な努力をすればいいものを理屈通りには行かない人間の業を見ているようだ。
文豪ヘミングウェイも、この悪循環のサイクルから抜け出せない同じ人間だと思うとなぜか親近感がもてる。
そして、少し安心して自分もがんばろうと思うのです。
ヘミングウェイありがとう。サン・テグジュペリありがとう。そして、ボブ・ディランありがとう。

ディランがカントリー&ウエスタンの帝王ジョニー・キャッシュの家に招かれた時の話。

食事が終わって各自演奏。ディランも演奏を終えて。賞賛の声。
その後 おもむろに、ジョニー・キャッシュのいとこが。
「おまえ、豚肉 食わないだろう」とディランに聞きました。これは別の意味があるようですが。
ディランは
「はい、食べません。豚は三分の一が犬で、三分の一が猫で、三分の一が鼠だから」
と答えたそうです。
(ボブ・ディラン クロニクルより)
一同 大笑い。
これは、マルコムXのパクリだそうですが。

まったく、食えないおじいさんです。これからも楽しみです。